とろ

なんとかならないか考え考え日が暮れる

インドネシアで暮らした1年間

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2019年4月末から2020年3月まで、インドネシアにいた。

 

本当は4月末に帰国する予定が、コロナウイルスの影響で約1ヶ月早まり、バタバタと隔離や引っ越しや職場復帰やなんやらで4月は過ぎていって、GWになってやっと1年を振り返るか〜〜〜という気持ちになったので書く

報告書は書きまくったけど、些細なことや個人的なことは書けなかったので自分用にとどめておきたい 

 

総括すると超楽しかったな〜〜〜という感じです インドネシアすごく好きになった また旅行で絶対行く

この記事は旅行についてはあまり書きませんがインドネシアのお気に入りの写真をちょいちょい挟みます 

 

 

 

 

 何でインドネシアに行ったか

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国の協力隊プログラムです。といってもボランティアや国際協力にもともと興味があった!というわけでなく、会社の人材育成プログラムに手を上げて行かせてもらったという経緯

 

協力隊は希望国をある程度選べるのが普通だけど、私の場合は会社が選んだためインドネシアに決まったと聞いた時「!?」だった。同プログラムの企画系の先輩はベトナムだったのでベトナムに行く気満々だった。

 

結果的にインドネシアがすごく肌に合ったのでよかった。もともと環境を好きになりやすいのでベトナムだったらそれはそれでベトナム大好き!てなってたとも思う(ベトナム語は超難しいので心折れてたかも)

 

 ●出国前に準備したこと

 

協力隊は出国前に70日間合宿訓練があって、そこでみっちり語学を習得する。インドネシア語はその時点でまぁ、なんとか意思疎通はできるかな。。というレベルにはなった。

 

あとは仕事の準備として各観光地のPR冊子を集めて参考資料として持参したり、インドネシア文化の本を読んだり。1年という限られた時間だったので、ある程度「どんな活動をする」を描いてからいったのは結果的に良かった。

 

インドネシアはある程度発展しているので、持ち物は特にコンタクト1年分くらいを準備した程度。アフリカ等日本から遠い国の人は衛生用品等準備が多そうだった。

 

 

生活のこと

 

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O型の部屋

住んでた家は大体こんな感じ。新築で、温水シャワーもトイレも個室についていて、キッチンは共用。(単身のインドネシア人はあまり料理しない)

月3万円ほどでかな~~~り高級な家。普通の人たちは1万くらいの家に住んでる。

インドネシアの他の島に住んでいる協力隊はシャワーすらない家も多かったので、この環境はかなり恵まれていた。

 

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こんな感じの、トイレとお風呂(水桶)が一緒になった部屋で水浴びするのが普通

 

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家の近所は結構賑やか。夕方に屋台が立ち並び、料理したくない時はふらっと行って200円以下でサクッと食べられ、便利だった。

 

ただ一つ、夜に屋台を利用するとストリートパフォーマーがギターを持って勝手に演奏してお金をあげるまで去ってくれない(うるさい)みたいなことが多く、後半はあまり行かなくなった、笑

 

 

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布屋さん

家の近くには布屋が多く、これは布・服大好き人間の私にはかなり嬉しかった。

日本では中々出会えないエキゾチックな柄布が無限にあり、しかも1m300円もしなくて無限に買えた。日本なら800円はしそう

 

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奥にミシンとおじさんがみえますね

 

インドネシアはpenjahit(ペンジャヒット)という仕立屋さんが多く、ちょっとしたドレスや礼服はオーダーメイドするのが普通。

 

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こんな感じでデザイン画を描いて、布を持参して1ヶ月以内に出来る

 

私も慣れた頃、友達に手伝ってもらって服をオーダーメイドした。

ブラウス1着で600円くらい、ワンピースでも1000円ほどなので、調子に乗って「日本で着れるか?これ・・・」みたいなワンピースめちゃくちゃ作ってしまった。

 

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作った服 柄わからんな

 

オーダーメイド服、ベトナムでは観光客に向けたサービス提供も展開されており、ホーチミンでは日本語がわかる店員がいてワンピースを2−3日で作ってくれるお店があって、私も3年前ホーチミン訪れた時利用した。

私は洋裁の経験があるからこそ、日常で着る服を自分で縫うことの難しさ・めんどくささを知っているのでこういうサービスはとてもいい・・・!!!と感じた。

 

 

●食事について

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ナシウドゥというご飯 100円くらい

インドネシアの食事については前記事にも書いたけど、またいつか記事にしたい インドネシア料理おいしかったな〜〜

 

neolant14.hatenablog.com

 

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ソトアヤム

とにかくこれ、ソトアヤムという朝食がわりの雑炊が本当に美味しくて大好き 2日に1回は食べてた

 

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このような大きなガジュマルの樹の下に朝屋台が出てきて、地面に座って食べる

 

基本的にインドネシア料理好きなんだけど、好きなんだけど、

インドネシア、酒が売ってないの・・・イスラム教が大多数だから!!!しかも売ってても2%の薄いビンタンビール。ヒンドゥー教のバリはビールはいっぱいあるんだけど。

 

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これはバリ

 

食べ物の話でいうと、よく「お腹こわした?」と聞かれますが2,3回はこわした

けど何がいまだに原因かわかんない・・・・・・

 

 

インドネシア人の美的センス、結構いい

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目に入るあらゆるものが(日本人からすると)珍しくて楽しいのは当たり前なんだけど、ちょいちょいセンスが良いなぁ、インドネシアと感じることが多かった。 

 

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なんか・・・自由なんだよね

好きなところに壮大に落書きしてあって、道は穴ぼこだらけで、ガーデニングの美しい家があって、洪水の時大丈夫!?みたいな場所に建っている家があって・・・

 

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1年居ても見飽きなかったから、あと1年くらいいても大丈夫だと思う

 

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こういう、ありそうで日本にはない色彩感覚がよくあって面白かった

●一年中夏であること

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これだけで100円以下

赤道直下、一年中夏!!!というのはいまだに変な感じ。

 

衣替えしなくていいのは住みやすかったけど、季節の移ろい的な情緒はあまりなかった・・・

雨季と乾季があるので植生は微妙に変わるみたいで、「そろそろマンゴーの季節だね」みたいな、フルーツが季語みたいになっていたのは面白かった。

 

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おかしいサイズのアボカド

 

 仕事内容・職場について

 

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観光局

ジョグジャという都市の州観光局の広報部署で、「日本人向けの広報」をメインに活動をしていた。ジョグジャについては過去記事も書いたんだけど、日本人が知らないだけで結構ちゃんと発展した観光地です。

neolant14.hatenablog.com

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世界遺産ボロブドゥール遺跡があるインドネシア第二の観光都

 

ちなみに日本での仕事は全く観光と関係なかったので不安はあったが、PR分野で実際行くと役立てることも多かった。というか職場にはインドネシア人しかおらず、基本的に国内向けの広報業務が多いので「外国人から見たジョグジャ」を「外国人向けに効果的にPRできる」のは私しかする人いない。

 

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作ったPR広報物こんな感じ、これ以外にも色々やった

 

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広報課の雰囲気。若いのはインターン

職場はこのような感じ。

州観光局全体で30人ほどの社員・それと大学のインターン生20人ほどが雑務を行なっている。インターン期間は1ヶ月〜6ヶ月と大学によって異なる。この長いインターン期間は日本と違って面白い制度だと思った。

 

 ●職場での服装

 

職場の制服は

月〜水・・・上は白、下は黒

木・金・・・・バティック(インドネシアの伝統工芸布)

 

を着用するというルールがあった。

 

服装は割と厳しい、というか日本と基準が少し違って、ノースリーブだと「それはふさわしい服装じゃない」と指摘されたりした。イスラム教というのもあると思う。日本の市役所みたいな感じかな

 

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月に一度、こういうガチの民族衣装を着る日がある

 

 ●勤務時間

 

勤務時間は朝7:30〜16:00。

朝早いのと、夕方早く終われるのは非常によかった。帰ってからできることの選択肢が多い。

勤務はそこそこゆるく、みんな一応7時半〜8時に来るは来るけど打刻して朝ごはん食べに行く みたいなゆるい感じ。日本もこれがいい

 

残業は基本的にないが、上司が残っていると帰りづらい、という空気はあるように感じた。日本と似ている。

昨年の6月ごろ、インドネシアの大統領選挙の開票作業で300人以上が過労死したトンデモニュースがあったけど、インドネシア人は「自主的にがんばりすぎる」というわけではなく「従順すぎて命令されたら断れない」んだと思う。封建社会の名残・・・・

  

 

仕事での苦労と楽しかったこと

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インドネシア語をあまり真面目に勉強しなかったのでそれによる弊害に苦労した。(勉強しろよ)けどそれは前に書いたから置いておいて・・・

 

neolant14.hatenablog.com

 

インドネシアは非常に親日で、そこは過ごしやすかった。が、個々人のプライドは高く、特におじさんに結構ナメられた。(私の背が小さいのもあって、初対面は大学生インターンと同じ扱いをされることも多かった)

 

 

活動の最初の方は、「これわかんない手伝って><」と頼まなきゃ進まない場面が多かったのでワンワン!という感じでやっていたんだけど、後半は提案を進めるために予算を割いてもらわなければいけない場面もあり、ナメられてるせいで話が進まね〜〜〜!!!!ということも多々あった 反省点 これも語学が達者であればカバーできたと思う(勉強しろよ)

 

でもまぁ、「私めっちゃ仕事できます!」とハッタリかますよりは周りと仲良くなれたと思うし、それはそれでよかったかなぁ〜〜と思います

 

 

 楽しかった・嬉しかったこと

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繁華街

日本人の友達がよくジョグジャに遊びにきてくれて、「ジョグジャめっちゃ楽しいじゃん!」て満足して帰ってくれたことが何よりも嬉しかった。

自分の仕事内容を褒められるよりも、自分が良い!と感じて伝えようとしたことが伝わった時が一番嬉しいんだな、と二十数年生きてやっとわかってきたのかもしれない。

 

 

上司ガチャ失敗

 

周りには基本的に恵まれたが、上司運がなかった。

直属の上司が部署に来たばかりの46歳くらいの女性で、その癇癪持ちの性格から、私が来た時既に事務所みんなに嫌われていた。

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これは上司の愚痴に全く関係ないパニーニ

私はというと、最初の1ヶ月くらいは「とりあえず関係作っといたほうがいいか」と、彼女の言うことを従順に聞いてデザインを手伝ったりしてたんだけど、それが逆効果だったようで・・・土日に急なデザイン作成依頼が来たり、熱が出て休んでいるのにめちゃくちゃ雑な指示でデザイン作成しろ、と言われたり・・・3ヶ月ほどで「無理」になった。

 

日本にもたまにいるけど、「デザインする人」を「作業ヤー」とみなしているので、「作業ヤー」からの提案を受け入れられないタイプだったんだよね、多分 はやく地球上からそういう人間いなくなってほし〜〜と思うけど人間の中には一定数そういう人たちが生まれる運命なのかも、と最近思う

  

後述するめちゃくちゃ賢くてコミュ力の高い同僚ですら彼女とのコミュニケーションには苦労していたので、「この子で無理ならコミュ力もないし語学も低い私なら絶対無理だな!」とスパっと諦めた。ただでさえ慣れない異国生活でストレス抱えてるんだから全ての課題に体当たりで向かって行く必要はない・・・

 

しかし何しろ直属なので、取材依頼のサインや予算が必要な企画は彼女を通す必要があり、拙い語学で相談したある日めちゃくちゃキレられ(その直前彼女自身の振る舞いのせいで上から怒られていたらしい 八つ当たりじゃん)

「なんでこの人は外国人にこういう怒り方をしていいと思ってるの!???」とあまりにも理解が追いつかず、混乱してボロボロに泣いてしまった

理解できないアホが上司だと混乱して泣く、という自分に気づいた

 

結局これが原因で上の上司と相談し、彼女を直属から外して上に直接持って行っていいことにはなったので、後半は楽だったし、この一件で事務所の人がめちゃくちゃ慰めてくれて、逆にインドネシア人の優しさを知ることになった。

 

これも、自分の語学がもっとできればめちゃくそ煽れたのにな〜〜〜〜と悔しくなったけど、今後もし他の日本人が彼女に虐められたらかわいそうなので、堪えた。

 

 

ただ私はくそくそ負けず嫌いなので、ぜ〜〜〜〜〜〜〜ったい帰国する時砂かけしよ!!!!と思ってたんだけど(やめろ)部署の全員が彼女の悪口を言っていたので流石に可哀想になってやめた。

悪口が嫌い!というわけではなく、自分が直接何かされたりしたことで2−3人で文句いうのはいいんだけど、コミュニティ内で誰か一人が全員から嫌われていて笑いのネタにする、みたいな状況はあまり好きじゃない コミュニティ外なら平気なんだけど

 

彼女もパワハラなので悪いし、状況を変える、とかは難しいんだけどさ・・・悪意のある物真似とかはちょっといたたまれないよなぁ

私やったら直接言う・・・(だから喧嘩になったんやで)

 

ちなみに最後に言うはずだったのは

「あなた(上司)のおかげでインドネシア人には色々な人がいること、そして逆に事務所の他の人達の優しさを知ることができました、ありがとう!」て砂かけしようと思っていた(本当にやめてよかったね)

 

彼女は私が去ってから1ヶ月後、別の部署に移動させられた。複数人の同僚からわざわざ「彼女が移動したよ〜〜^^」と連絡をもらった。

 

でもまぁ本当に彼女以外の人たちがいい人たちだったので、環境には恵まれたと思う。

 

 

●ラッキーだったこと

環境に恵まれたと書いたけど、特に2人の友達にお世話になった。

 

1人目・頭のいい同僚(ガチャで神引きしてくれる)

 

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ガチャで神引きしてくれた

事務所の契約社員の同僚。私と同じ年齢。

新卒で銀行に勤めたけど楽しくなくて辞めたというエリートで、すごく仕事ができる。そしてコミュニケーション力がたっっっかい  そして超チャーミング。

頭の回転が早く、この子がいなかったら私活動で詰んでたんじゃないか!?というシーンが沢山あった。

 スニーカーと、ちょっと子供っぽいもの(アベンジャーズの子供用腕時計を日替わりで付けていたり)が好きで、何にでも興味津々。

 

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お祈り

毎日のお祈りを欠かさない敬虔なイスラム教徒でありながら、普通に飲酒してたり(日本酒をお土産にあげたら喜んでくれた)、大学の時は髪の毛ピンクだったんだけど就職する時隠すためにヒジャブつけるようになったんだ〜というエピソードを聞かせてくれたり、とにかくそういう面白い子だった。

 

  

2人目・近所の日本語が話せるオタクの女の子

 

最初アパートに入居した際、電気料金の説明がマジで理解できず私も管理人もお手上げ!!状態になった時、「日本人がいる」と聞きつけて間に入ってくれたのがこの子。

小学校の時触れたナルトがきっかけでオタクになった子で、日本文化が大好き。大学は日本語学科を卒業し、日本のホテルで1年間のバイト経験もあり、かなり日本語が達者で本当に助けられた・・・

 

それ以降よく遊ぶようになり、定期的にご飯に行ったり、わからないインドネシア語の表現を聞いたり、オタクトークで盛り上がったりした。(木村昴が好きらしい)

 

4月から日本のホテルで働くはずだったけど、コロナの影響でまだ渡日できずにいる・・・はやく日本でまた遊びたいなぁ

 

  

 自分自身のインドネシアでの学び

 

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日本での仕事は自分がやらなくても誰かがやったが、インドネシアの仕事は「自分がやらないと誰もやらない」仕事だらけだったので、やりがいがあった。

 

 業務はとにかく手探りで色々やったんだけど、その中で学んだことを軽く紹介

  

アウトプットに慣れた(TABIPPOでの記事執筆)

 

tabippo.net

TAIBPPOで10記事、観光の記事を書いた。

経緯としては、日本の旅行系WEBメディアになんとかジョグジャの記事を載せたかったんだけど、執筆依頼をする予算もないので、ライターになって自分が書くしかない!ということで応募しまくって、唯一ライター未経験で採用してくれたのがTABIPPOさんでした。本当に感謝

 

上のURLから私が書いた記事一覧が読めます 

 

私は文章への苦手意識がかなりあって、ものすごく時間がかかったけど、編集さんのおかげもあってなんとか書き上げることができた。苦手意識はまだあるけど、こういう記事を書くために必要な要素(写真や旅行前に立てる構成など)は把握した、世の中のライターさんてすごいねぇ

 

tabippo.net

 

オススメ記事はイスラム犠牲祭の記事と世界遺産ウォークの記事です。編集さんがタビッポチックに文章をリライトしてくれてる(主に語尾)ので普段のブログより読みやすいと思う 編集さんすごい

 

 

 写真技術

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村の子供達

 

活動中、観光局にない観光地写真が必要になることも多く、仕方なく自分で写真を撮るようになった。

 

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私本当に写真の才能ないんだけど、(言い訳すんな)とにかく枚数を撮って後からマシなやつを選ぶ、という感じで撮っていくとたまにいいんじゃない?という写真も撮れるなぁ、ということを学んだ。

 

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過酷な環境に連れ回しすぎたので大学時代に授業で買わされたCANONの一眼レフは1月に壊れてしまった・・・(今はFUJI X-A3 のミラーレス一眼使ってる)

 

 興味が広がった

 

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初めて国際協力関係や行政の人たちと関わったことで、行政や世界に対しての興味が広がった。

JICAに本当に良い人が多かったことが大きい・・・

なんか言ってること曖昧になるんだけど・・・私は性善説派なので居心地が良かった

 

でもいい人たちって概してPRが下手で、JICAの事業がうまく国民に伝わってない感があるよね・・・でんつう手抜いてるんじゃねと思う(でんつうが委託先です)

 

一生オタクだと思い知った

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ガチャ、課金したことを言ったら「理解できない」て笑われた

海外生活のストレスはアニメ・漫画・ゲーム・アニソンで乗り切った部分があり、70日の合宿訓練があまりに勉強漬けすぎてこのままオタク抜けるかも・・・と一瞬思ったけど、自分一生オタクだろうな・・・・と思い知った

 

毎朝アニソンを聞いて出勤するだけでもかなり元気出る!!!!トクサツガガガでもそんなこと言ってたよね 超共感

土日は家にこもり切って絵を描いてゲームをしない!!!みたいな日も多かった

 

 

日本から出て感じたこと

 

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この辺りはまだまとまっていないので箇条書きで書く

 

 

アジア諸国は日本の存在を占領時代のことを含めかなり強く認識しているけど、日本人はしていないということを再認識した。私もインドネシア以外のことはあまり知らないし、旅行する前に勉強し直したいな、と思った (歴史教育の是非について話しているわけではないよ)

 

特にインドネシア親日で、日本のテレビや映画も普及しており、東出不倫のニュースなど日本人の私より同僚のほうが詳しい、ということも多々あって驚かされた。

 

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首都ジャカルタの夜景。超都会

●ビジネスで訪れている「日本人駐在員」は基本的に現地の語学を話さないし、会社が保証した一定水準の日本人の生活をしているので、あまり現地文化に浸らない。それよりは現地民の中に溶け込んで生活する協力隊として行く方が、私にとって合っていたと感じる。

 

責任の薄い協力隊と違って、駐在員は責任も重くストレスも尋常じゃないと思うので、それはそれこれはこれ 駐在員はすごい

 

 

インドネシアは平均年齢がとても若い(27くらい?)ので、未来への上昇志向が日本よりすごい、若者がやる気あると感じた

2019年9月ごろ、大統領を批判したら有罪とか中絶禁止とかそういう前時代的な法案が通されそうになった時、全国で大学生がデモを展開、同僚も「行政に勤める身だから参加できないけど、そうじゃなかったらデモ参加してた」というくらいデモが身近にあって驚いた。高度経済成長期の日本ってこんな雰囲気なのかな、と思った

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デモ参加者。かなり若者が多い

 

 

●日本より進んでいる点としては、ITサービス(宅配アプリ)。

これに関しては自社に提出したこのレポートにまとまってるので読んで(読まなくていい) 

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会社にちょいちょいこういう資料を作って送ってた(まっじめ〜〜)

 

 

インドネシアは人口世界4位の大国だが、本当に「日本の弟」感が強い。国民性も似てる(島ごとに民族が違うので一概には言えないが少なくともマジョリティのジャワ人は似てる)

  

 まとめ

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1年振り返ると、楽しかったな〜そして色んな経験させてもらえて良かったな、と本当に思う

だからといってこの経験が私の人生を変えた!みたいなことは私は言いたくない。そういうnoteみたいなの嫌い(言わんでいいこと言うな)

 

私がこの1年で得たのは「経験」というより「認識」だと思う

自分が今まで見えていなかった部分や、興味だったりを、今までと全く違う環境に身を置くことで「認識した」という感じ。

 

インドネシアに1年いた」というのはただの経験でしかないけど、ここで得た色々な出来事は今後、自分の能力を認識して行きたい方向に自分でベクトル調整する際のヒントになるんじゃないかな〜〜と、漠然と思う

 

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常夏いいよね

 

なんかちょっと深いこと言おうとしてる感があって恥ずかしいから単純に、1年前の私と比べると確実に「好きなもの」が新しくできたのが嬉しい、くらいで締めとこう

 

インドネシアいいよ〜〜!旅行しよ〜〜〜!